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毎日あることないこと

日々のできごと(あることないこと)を書いています

大学の軽音部考

大学の軽音部についての考察です。その光と陰について書いています。(長いです)

 

 

わたしは大学時代、軽音部で、ボーカルと、たまにギターしていました。

「大学の軽音部」というのは多かれ少なかれ、「自分には、なんか他人にはない特別なものがある」とか思っている人の集まりです。

わたしが入部した時の部長はモヒカンが伸びた後のざんばら頭で「俺は高校の時、本気でカート・コバーンの生まれ変わりだと思っていた」と言ってました。

そしてあらかた部員はライブのとき「目にものを見せてやれ」みたいな気概でやってます。

当時はわかりませんでしたが、現在は卒業して至極冷静なので、「見せてやれ?は? まず成績表を見ろ」「リズムをカウントせんと単位をカウントしろ」と思います。何しろみんな部室に入り浸ってたので、留年する部員がバンバンいたのです。

 

 

ほとんどの人間は授業をサボりだし部活にのめり込み、資格過程をとっていたやつは諦めます。
ほとんどの人間が煙草を吸いだします。
椎名林檎を崇拝している人間はハイライトを吸います。

女の子は髪を緑にしたり青にしたり赤にしたりします。

男は、絶対に一度は汚い金髪にして、ほとんどの奴が留年します。

 

飲み会も多く、機材も高く消耗品も多く、スタジオ代など、部活にのめり込むほどにお金がかかります。のめり込まずとも、普通にしてるだけでけっこうお金がかかります。

猛者は、ライブハウスにこだわりの機材とアンプとアンプのヘッドを持っていくために、車を買ってローンを組みます。

伝説の先輩と呼ばれる人(すごい演奏が上手くパフォーマンスがかっこよく、絶対に留年する人)は、ほぼ99%車とアンプ持ち、常に何らかローンを払っています。(車もしくは機材)

 

イキすぎるやつ(1)は、大学を辞めて音楽の専門学校に行くと言いだします。(高い入学金払ったのに)
イキすぎるやつ(2)は、就職を諦めてバンドで食っていくと言いだし卒業してからファミマでバイトします。(せっかく大学出たのに)

 

あと、男社会なので、若干男尊女卑のきらいがあります。

 

 

「自分には、なんか他人にはない特別なものがある」とか思っている人の集まりは、感覚的に、まあ気持ち悪いです。みんな自意識がすごいことになっています。

ピースの又吉直樹さんが『夜を乗り越える』という本でNSC(よしもとの養成所)も「自分には才能がある特別な人間だという集まりで、マジで気持ち悪かった」と書いてましたが(大意です)軽音部もまた同じでした。気持ち悪かったです。

そんなこと、少し考えてみればわかることですが、しかし私もまた「私は何かがある…!」と燃える、自意識がすごい人間だったのでしょう。果たして何があったのか……。

今の私にあるのは「カラオケはちょっと得意かな」くらいのもんですが…。

 

 

上に挙げたのは軽音部のネガティブな面ばかりなので、ポジティブな面も挙げます。

 

・耳がよくなる(楽器をしていればなおのこと)

PAの扱い方がわかるようになる

・ケーブルの八の字巻きができるようになる

・先輩に安くエフェクターなどを売ってもらうことができる

・若干音楽に詳しくなる

・音楽を聴くだけで何人編成で、どんな風に演奏しているか、なんとなく映像として浮かぶ

・メチャクチャかっこいい人がごく稀におり、その人のライブを何年か観続けることができる(そんな人はほぼ留年するから4年は観れる)

・メチャクチャかっこいい人がプロになったりする場合もある。その場合は得した気分になる

・「エモい」などと言うようになる

・ひと一倍エモい、ひりっとした青春が送れる

 

 

ネガティブとポジティブの温度差からわかるとおり、私は軽音部で楽しかったことばかりではありませんでした。 

 

わたしの〝ひと一倍エモい、ひりっとした青春〟は、まるで嵐のようでした。過ぎ去ったいま、残されている軽音時代の友人はマジで一人もいません。爆笑

友人は一人も残っていません。Facebookもやってません。(特に繋がりたくないから)

しかし、嵐の渦中にいたときに、受けた傷も多くありましたが、同じくらい多くの感動がありました。

 

ライブを観て感動して涙したことも何度もありました。素人の大学生です。たかが知れてます。だけど、例に挙げたカート・コバーン部長なんかは、本当にかっこよかったんです。決してばかにして挙げたわけじゃありません。高校時代の彼は、カートの生き方を重ねて見るような、切迫した何かがあったのでしょう。

彼の『深夜高速』で何度泣かされたかわかりません。いつも観ると胸がいっぱいになり、なぜか涙が零れました。ステージに向かって熱狂する人たちのなかで、私は彼の後輩であることが誇らしかったです。…いま、その先輩がバンドをしているかはわかりませんが、私はカート・コバーン先輩の一生のファンです。

そんな思い出がちりじりに、たくさんあります。これは学部の勉強だけをしていたら得られないことだったと思います。めんどくさいことも多かったけど、感動も多かった。文化系で、熱い何かを持っている(もしくは、何かを持て余している)人は、入ったら私のような経験ができるんじゃないでしょうか。いや、もっといい経験ができるかも。でも、単位はしっかり取ってください。

 

その時のたくさんの感動は、いまのわたしの心の見えない場所に、きらりと光る、きれいな小石のように残っている気がします。

誰かが歌ってた歌を口ずさむとき、その小石がきらりと光るような…。

そしてそれが、いまの私を前に前にと進めてくれているような気持ちになるのです。